2009年10月14日水曜日

原因があるから結果がある

最近、私たちはまわりにおきている事態を見て「かわいそう」「気の毒に」「どうしてだれも何もしないのか」なんていう報道をよく見かける.しかも何もしない方がまるで悪の権化のような言い方で.確かに気の毒でかわいそうな場合も多々あるのは事実.しかし、どうしてその人たちがそうなったのかについてはあまり誰にも伝えられなくない? どうかな?

ちょっと前に日本で問題になった(今でも問題かな?)ニートの人たちの職がなくなってしまった話.職がなくなり住む場所、食べるものに事欠くようになってしまい炊き出しの人たちとかが出たとか、政府は何をしているのか、という怒りの声とかニュースで流れたのをオンラインで読んだけれど、そこでふと思った.対症療法は確かにその人たち救済のために必要かもしれないけれど、その人たちがそう言うことになってしまった原因についてはあまり触れられていない.

「かわいそう」「気の毒に」と思う気持ちはもちろん大切.人間である限り忘れてはいけない感情.しかし、それだけではダメだと思う.「なぜそう言う結果を招いたのか」をあらゆる角度から考えなくては片手落ち.ニートを選んだのはだれかな? ニートをすることを誰かが強いたのかな? そのとき家族はどうした? ニートを雇った側は景気が悪くなった時にはニートから首を切られることをきちんと説明したか?(本当は、私はここは書きたくなかった.というのは、景気が悪くなる可能性があることも、そう言う時に解雇されるのは正社員でないことくらい知識として持っていないことが信じられないから)

何にでも原因と結果がある.結果ばかり見て騒ぎ立てたら同じような結果が次から次へと表れる.こんなことだれだってわかっていると思うけれどどうもわかっていない人たちが増えているみたいだからあえて書きました

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